否認対象行為

否認対象行為

第0 目次

第1の1 否認対象行為の種類
第1の2 破産者代理人は否認対象行為の相手方の代理人になれないこと
第2   同時交換的行為は否認の対象とならないこと等
第3   債務の弁済が例外的に否認対象行為に当たらない事例
第4   給与の天引きと否認対象行為
第5   だまし取ったお金の返還と無償否認
第6   物上保証行為と無償否認
第7   破産管財人の否認権の行使方法
第8   破産管財人の否認権の消滅時効
第9   破産債権者の相殺権行使
第10  勤務先に関する法律問題
第11  遺産分割協議と無償否認(破産法160条3項)
第12  その他

第1の1 否認対象行為の種類

   否認対象行為の種類は,以下のものがあります。
① 詐害行為(破産法160条1項)
・ 「破産債権者を害する」行為がこれに当たりますところ,「破産債権者を害する」とは,債権者の共同担保が減少して債権者が満足を得られなくなることをいいます(最高裁昭和40年7月8日判決)。
・ 破産法160条1項1号による否認権行使においては,否認を免れようとする受益者がその行為の当時,破産債権者を害することを知らなかったことの立証責任を負います(旧破産法72条1号に関する最高裁昭和37年12月6日判決)ものの,破産債権者を害することを知らなかったことについて過失があったとしても免責されます(旧破産法72条1号に関する最高裁昭和47年6月15日判決)。
・ 例えば,廉価処分がこれに当たります。
② 過大代物弁済(破産法160条2項)
・ 例えば,不相当に高額な物品を代物弁済として債権者に渡す行為がこれに当たります。
③ 支払停止等の6月前からなされた,無償行為又はこれと同視すべき有償行為(破産法160条3項)
・ 詐害行為と異なり,相手方が破産債権者を害する事実を知っている必要はありません。
・ 申立代理人弁護士の報酬が高額に過ぎる場合,役務の提供と合理的均衡を失する部分の支払もこれに当たります(東京地裁平成9年3月25日判決,及び神戸地裁伊丹支部平成19年11月28日決定参照)。
・  再生債務者が無償行為若しくはこれと同視すべき有償行為の時に債務超過であること又は当該行為により債務超過になることは,破産法160条3項に基づく否認権行使の要件ではないと思われます(同趣旨の条文である民事再生法127条3項に関する最高裁平成29年11月16日判決参照)。
④ 相当の対価を得てした財産の処分行為(破産法161条)
・ (a)隠匿等の処分(=隠匿,無償の供与その他の破産債権者を害する処分)をするおそれを現に生じさせるものであり,(b)破産者が隠匿等の処分をする意思を有し,(c)相手方が破産者の隠匿等の処分をする意思を知っていた場合に限り,否認対象行為となります。
⑤ 偏頗行為(破産法162条)
・ 例えば,既存の債務に関して,支払不能になった後に行う,支払不能になったことを知っている特定の債権者(例えば,勤務先。)に対する「担保の供与」又は「債務の消滅に関する行為」がこれに当たります。なお,破産者の親族等については,支払不能であることを知っていたとする推定が働きます(破産法162条2項・161条2項)。
・ 公租公課の支払が否認対象行為となることはありません(破産法163条3項)。
・ 偏頗行為(破産法162条)における「債務の消滅に関する行為」には,破産法165条の執行行為に基づくものをも含みますところ,この場合に,当該行為に関しては,破産者が強制執行を受けるにつき害意ある加功をしたことを必要とするものではありません(最高裁昭和57年3月30日判決。なお,先例として,最高裁昭和48年12月21日判決参照)。 
・ 偏頗行為が非常に悪質な場合,特定の債権者に対する担保の供与等の罪に問われる結果,5年以下の懲役又は500万円以下の罰金(併科されることもあります。)に処せられます(破産法266条,民事再生法256条)。
⑥ 権利変動の対抗要件具備行為(破産法164条)
・ 例えば,支払の停止があった後において,売買等の原因行為があって15日を経過してから,不動産の所有権移転登記なり,自動車の所有者の移転登録(15日以内にする必要があることにつき道路運送車両法13条1項)なりをする行為がこれに当たります。

第1の2 破産者代理人は否認対象行為の相手方の代理人になれないこと

1(1) 弁護士法25条1号は,先に弁護士を信頼して協議又は依頼をした当事者の利益を保護するとともに,弁護士の職務執行の公正を確保し,弁護士の品位を保持することを目的とするものであるところ,同号に違反する訴訟行為については,相手方である当事者は,これに異議を述べ,裁判所に対しその行為の排除を求めることができます(最高裁平成29年10月5日決定。なお,先例として,最高裁大法廷昭和38年10月30日判決参照)。
(2) 弁護士法25条1号に違反して訴訟行為をした場合,懲戒処分の対象となりますから,「弁護士の懲戒」も参照して下さい。

2(1) 破産手続開始決定により,破産者の財産に関する管理処分権が破産管財人に帰属する関係で,破産者の財産に関する事件について破産者と破産管財人とは同視されますから,破産者の代理人が否認対象行為の相手方の代理人をすることは,弁護士法25条1号に違反するためできません最高裁平成29年10月5日決定参照)。
(2)   例えば,破産管財人が,破産者において兄弟との間で不利な遺産分割協議を成立させたことについて否認権を行使してきた場合,兄弟は,破産者の代理人をしていた弁護士に依頼することはできませんから,別の弁護士に依頼する必要があります(共同相続人の間で成立した遺産分割協議は詐害行為取消権行使の対象となることにつき最高裁平成11年6月11日判決)。
(3) 相続放棄の場合,詐害行為取消権行使の対象とはなりません(最高裁昭和49年9月20日判決)。

3  弁護士法25条1号違反の訴訟行為であっても,相手方がこれを知り又は知り得たにもかかわらず異議を述べることなく訴訟手続を進行させ,第二審の口頭弁論が終結したときは,相手方は,後日に至りその無効を主張することは許されません(最高裁大法廷昭和38年10月30日判決)。

第2 同時交換的行為は否認の対象とならないこと等

1   担保供与行為又は債務消滅行為が否認の対象となるのは,「既存の債務についてされた」(破産法162条1項柱書のかっこ書)場合に限られます。
   そのため,以下の行為が支払不能後にされた場合であっても,同時交換的行為として否認の対象になりません。
① 新規の借入について担保を供与する行為(いわゆる「救済融資」です。)
・ ただし,隠匿等の処分をするおそれがある場合,破産法161条に基づく否認の可能性は残ります。
② 現金売買のように債務発生と同時にされる弁済行為
③ 当月分の家賃を翌月初めに支払う行為
④ 自己破産に関する受任弁護士の弁護士費用を支払う行為

2 既存債務のために新たに担保を供与するのとは異なり,新規に融資を受けるために担保を供与する場合,原則として同担保の供与を,破産法160条3項の「無償行為又は無償行為と同視すべき有償行為」ということはできません(東京地裁平成20年4月25日判決)。

第3 債務の弁済が例外的に否認対象行為に当たらない事例

〇破産者が特定の債務の弁済に充てる約定の下に借り入れた金員により当該債務を弁済した場合において,①借入債務が弁済された債務より利息などその態様において重くなく,また,②破産者が,右約定をしなければ借入れができず,貸主及び弁済を受ける債権者の立会いの下に借入後その場で直ちに右弁済をしており,③右約定に違反して借入金を他の使途に流用したり,借入金が差し押さえられたりするなどして右約定を履行できなくなる可能性も全くなかったといった事実関係が認められる場合であれば,特定の債務の弁済に充てる約定の下に借り入れた金員により当該債務を弁済する行為は否認対象行為に当たらないとされています(最高裁平成5年1月25日判決)。

第4 給与の天引きと否認対象行為

〇給与の天引きという形での勤務先に対する借金の返済が,(a)破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後も引き続き継続し,かつ,(b)勤務先が破産者の支払不能等の事実を知っていた場合,
   破産法162条1項1号に基づき,破産管財人が勤務先に対し否認権を行使し,破産者が勤務先に支払ったお金を取り戻した上で,そのお金をすべての破産債権者に対する配当にあてることになります(地方公務員等共済組合法115条2項に基づく給与及び退職手当からの共済組合貸付金の天引きが否認された事例につき最高裁平成2年7月19日判決,及び最高裁平成18年1月23日判決参照)。

第5 だまし取ったお金の返還と無償否認

   ①金員給付の原因である法律行為が詐欺を理由として取り消されたからといって,給付した金員上の所有権が被害者に復帰するものではなく,被害者は不当利得返還請求権を有するにすぎず,その点において,一般取引上の債権者との違いはありませんし,②弁済に代えて給付された物ないし権利は破産債権者の共同担保である財産(破産財団)に属しますから,これを減少させる行為は破産債権者の利益を侵害します。
   そのため,破産会社が,破産手続開始決定を受ける前に,その経営が事実に反し健全であるかのように装って第三者を欺罔し,新株の引受及び貸付の意思表示をさせて金員の給付を受けたのち,その意思表示が詐欺を理由に取り消されたため,その利得の返還として同額の金員を同人に支払った場合においても,破産債権者を害する意図のもとに支払をしたときは,その弁済は,破産法160条1項1号に基づく否認対象行為となります(最高裁昭和47年12月19日判決参照)。

第6 物上保証行為と無償否認

1 破産者が義務なくして他人のためにした抵当権設定等の担保の供与(つまり,物上保証行為です。)は,それが債権者の主たる債務者に対する出捐の直接的な原因をなす場合であっても,破産者がその対価として経済的利益を受けない限り,破産法160条3項の無償行為に当たります(最高裁昭和62年7月10日判決参照。なお,先例として,大審院昭和11年8月10日判決及び最高裁昭和62年7月3日判決参照。また,現行破産法の裁判例として,大阪地裁平成21年6月4日判決参照)。
   そして,このことは,主たる債務者がいわゆる同族会社であり,破産者がその代表者で実質的な経営者でもあるときにも妥当します(最高裁昭和62年7月3日判決)。
 
2 無償否認の根拠は,その対象たる破産者の行為が対価を伴わないものであって破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であるため,破産者及び受益者の主観を顧慮することなく,専ら行為の内容及び時期に着目して特殊な否認類型を認めたことにあることからすると,その無償性は,専ら破産者について決すれば足り,受益者の立場において無償であるか否かは問わないと解されます。
   よって,金融機関の破産会社Aに対する与信が,Aの代表取締役であった破産者による保証ないし物上保証と同時交換的にされた場合であっても,破産者のした担保提供行為は無償否認の対象となると解されています(大阪高裁平成22年2月18日判決)。

第7 破産管財人の否認権の行使方法

1 破産管財人が選任された場合,否認対象行為(破産法160条ないし164条参照)があれば,訴え,否認の請求又は抗弁により否認権が行使され(破産法173条),原状に回復されられることになります(破産法167条参照)。

2 破産管財人が否認権を行使する場合に,常に必ずしも否認による法律関係の形成につき形成判決を訴求する必要はなく,訴状等の送達によって否認権行使の意思を相手方に表示し,又は口頭弁論期日において否認の意思を表示することによって行使し,その行使の結果,形成された法律関係を請求の原因として,相手方に対し破産財団に帰属すべき財産の給付を訴求することができます(大審院昭和14年5月19日判決参照)。

3(1) 債務者の一般財産を保全するため,取消債権者において,債務者受益者間の詐害行為を取り消した上,債務者の一般財産から逸出した財産を,総債権者のために,受益者又は転得者から取り戻すことができる制度として,詐害行為取消権(民法424条)が存在します(最高裁平成22年10月19日判決)。
(2) 詐害行為取消権は,破産手続開始決定が出る前の段階で債権者が行使できる権利でありますところ,破産管財人の否認権は,詐害行為取消権を大幅に強化した権利といえます。
   例えば,詐害行為取消権の場合,否認権の場合と異なり,抗弁によって行使することはできません(最高裁昭和39年6月12日判決。先例として,大審院明治30年10月15日判決及び大審院大正5年11月24日判決参照)。 

第8 破産管財人の否認権の消滅時効

1 否認権は,破産法160条1項1号に基づく否認の場合を含め,破産者の全財産を総債権者の公平な満足にあてるという観点から,破産管財人がこれを行使するものであって,否認権の消滅時効に関する破産法176条の規定は破産法160条1項1号に基づく否認についてもその適用があり,総破産債権者につき詐害行為取消権の消滅時効が完成しても否認権が消滅するわけのものではありません(最高裁昭和58年11月25日判決)。

2(1) 破産手続開始の申立ての日から1年以上前にした行為は,破産法160条3項所定の無償行為を除き,支払の停止があった後にされたものであること又は支払の停止の事実を知っていたことを理由として否認することができません(破産法166条)。
(2)  破産法166条が適用される否認類型は以下のとおりです。
① 支払の停止があった後に支払の停止を知ってなされた詐害行為の否認(破産法160条1項2号)
② 詐害的債務消滅行為の否認(破産法160条2項)
③ 支払の停止を知ってなされた偏頗行為の否認(破産法162条1項1号イ)
④ 支払の停止があった後に支払の停止を知ってなされた対抗要件具備行為の否認(破産法164条)

3 破産管財人の否認権は,破産手続開始の日から2年を経過するまで行使される可能性があります(破産法176条前段)。

第9 破産債権者の相殺権行使

1 相殺は,互いに同種の債権を有する当事者間において,相対立する債権債務を簡易な方法によって決済し,もって両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的な制度であって,相殺権を行使する債権者の立場からすれば,債務者の資力が不十分な場合においても,自己の債権について確実かつ十分な弁済を受けたと同様の利益を得ることができる点において,受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た機能を営むものです(最高裁大法廷昭和45年6月24日判決参照)。
   このような相殺の担保的機能に対する破産債権者の期待を保護することは,通常,破産債権についての債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする破産制度の趣旨に反するものではないことから,破産法67条は,原則として,破産手続開始時において破産者に対して債務を負担する破産債権者による相殺を認め,同破産債権者が破産手続によることなく一般の破産債権者に優先して債権の回収を図り得ることとし,この点において,相殺権を別除権と同様に取り扱うこととしたものです(最高裁平成24年5月28日判決)。
   他方,破産手続開始時において破産者に対して債務を負担する破産債権者による相殺であっても,破産債権についての債権者の公平・平等な扱いを基本原則とする破産手続の下においては,上記基本原則を没却するものとして,破産手続上許容し難いことがあり得ることから,破産法71条,72条がかかる場合の相殺を禁止したものと解され,同法72条1項1号は,かかる見地から,破産者に対して債務を負担する者が破産手続開始後に他人の破産債権を取得してする相殺を禁止したものです(最高裁平成24年5月28日判決)。

2 破産債権者の相殺権の行使は,相殺の禁止事由(破産法71条)に抵触する点で無効となることがありますものの,債務者の行為ではありません。
   よって,債務者の破産手続開始決定の前後を通じ,否認権行使の対象とはなりません(結論につき最高裁平成2年11月26日判決参照)。

3 破産債権者は,その債務が破産手続開始決定の時において期限付である場合には,特段の事情のない限り,期限の利益を放棄したときだけでなく,破産手続開始決定後にその期限が到来したときにも,破産法67条2項後段の規定により,その債務に対応する債権を受働債権とし,破産債権を自働債権として相殺をすることができます。
   また,その債務が破産手続開始決定の時において停止条件付である場合には,停止条件不成就の利益を放棄したときだけでなく,破産手続開始決定後に停止条件が成就したときにも,同様に相殺をすることができます(最高裁平成17年1月17日判決)。

4 破産管財人は,債権調査期間が経過した後又は債権調査期日が終了した後は,相殺をすることができる破産債権者に対し,1月以上の期間を定め,その期間内に当該破産債権を持って総裁をするかどうかを確答すべき旨を催告することができます(破産法73条1項本文)。
   そして,破産管財人の催告があった場合において,破産債権者が確答をしないときは,当該破産債権者は,破産手続の関係においては,当該破産債権についての相殺の効力を主張することができません(破産法73条2項)。

第10 勤務先に関する法律問題

1 勤務先からの借入金と退職金債権との相殺合意の効力
(1) 労働基準法24条1項本文の定めるいわゆる賃金全額払の原則の趣旨とするところは,使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し,もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ,労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべきであります。
   よって,使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものでありますものの,労働者がその自由な意思に基づき当該相殺に同意した場合においては,当該同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り,当該同意を得てした相殺は労働基準法24条1項に違反せず,有効であります(最高裁平成2年11月26日判決)。
(2) 具体的には,以下のような事情がある場合,勤務先からの借入金と退職金債権との相殺合意について,労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するといえる結果,有効であるとされています。
① 勤務先の担当者に対し,従業員が勤務先からの借金を退職金等で返済する手続をとってくれるように自発的に依頼した。
② 「今般私儀退職に伴い会社債務(住宅融資ローン残高)及び労働金庫債務の弁済の為,退職金,給与等の自己債権の一切を会社に一任することに異存ありません。」といった文面の委任状の作成,提出の過程においても強要にわたるような事情は全くうかがえない。
③ 退職金,給与等の各清算処理手続が終了した後においても勤務先の担当者の求めに異議なく応じ、退職金計算書,給与等の領収書に署名押印をした。
④ 勤務先からの借入金について抵当権の設定はされず,低利かつ相当長期の分割弁済の約定のもとに住宅資金として借り入れたものであった。
⑤ 従業員の福利厚生の観点から利子の低いものとなっていた。
⑥ 従業員において借入金の性質及び退職するときには退職金等によりその残債務を一括返済する旨の約定を十分に認識していた。

2 労使協定を根拠とした従業員の賃金からの控除の限界
   労働基準法24条1項ただし書は賃金の「一部」の控除を許容するものでありますし,労働者の経済生活を脅かすことがないようにするという同条の立法趣旨からすれば,労使協定を根拠に行う使用者の従業員の賃金からの控除は,民事執行法152条1項及び民法510条に照らし,控除限度は「賃金額」の4分の1にとどまると解されています。
   そして,控除限度を算定する前提となる「賃金額」は,通勤手当及び公租公課を除外した額であると解されています。
   よって,労使協定を根拠とした従業員の賃金からの控除も,その額が通勤手当及び公租公課を除外した額の4分の1を超えた場合は,超過分について違法になると解されています(東京地裁平成21年11月16日判決)。

第11 遺産分割協議と無償否認(破産法160条3項)

〇東京高裁平成27年11月9日判決(判例秘書)は,以下のとおり判示しています(ナンバリング及び改行を追加しました。)。
1 控訴人は、遺産分割協議は、相続放棄をすることができない状態になった後に、共有状態にある遺産を相続人間で分割協議することによって他の相続人が相続によって取得したことにするものであるから、法定相続分又は具体的相続分を超える財産の取得につき対価性を伴わない場合には、遺産分割協議による財産の移転行為は、贈与と同様に破産法160条3項の「無償行為」と評価すべきであると主張する。
   そこで、共同相続人が行う遺産分割協議において、相続人中のある者がその法定相続分又は具体的相続分を超える遺産を取得する合意をする行為が、それによって法定相続分又は具体的相続分を下回る遺産しか取得しない者が行う「無償行為」となるかについて検討すべきことになる。
2(1) 破産法160条3項は、破産者が支払の停止等があった後又はその6月以内にした無償行為及びこれと同旨すべき有償行為は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができると規定する。
   この無償行為否認においては、破産者の詐害意思を要しないこと、支払停止前6月まで否認の範囲が拡大されていること、受益者の主観的要件を要しないことにおいて、一般の詐害行為否認の特則としての性質を有するものと解するのが相当である。
(2)   「無償行為」とは、破産者が経済的な対価を得ないで財産を減少させ、又は債務を負担する行為であると解され、その典型的な例は贈与である。
(3)   このような「無償行為」について、上記のとおり、破産者及び受益者の主観を顧慮することなく、専ら行為の内容及び時期に着目して特殊な否認類型を認めた根拠は、その対象たる破産者の行為が対価を伴わないものであって、破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であるためであると解される(最高裁判所昭和62年7月3日第二小法廷判決・民集41巻5号1068頁)。
3(1)   ところで、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させる行為である。
   したがって、遺産分割協議は、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるから、共同相続人間で成立した遺産分割協議は、民法424条1項所定の詐害行為取消権行使の対象となり得るものであり最高裁判所平成11年6月11日第二小法廷判決・民集53巻5号898頁、破産法160条1項所定の詐害行為否認の対象となり得る場合もあるものと解される。
(2)ア 民法906条は、遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをすると定めている。
   共同相続人は、単純承認をし、あるいは、限定承認又は相続の放棄をせずに民法915条1項の熟慮期間を経過した結果として単純承認をしたものとみなされた場合であっても、その後に遺産分割協議を行うときに、上記の一切の事情を考慮し、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることができる。
   その際、相続人間での自由な協議と処分が認められている以上、相続人全員の合意で遺産を法定相続分ないし具体的相続分と異なる割合で分割することはもとより妨げられず、代償金等の経済的な対価を伴っていなくとも差し支えない。
   このように、遺産分割については、いわゆる「遺産分割自由の原則」があり、法定相続分や具体的相続分とは異なる割合での分割も可能であって、遺産分割協議による分割は、それが共同相続人の自由意思に基づく合意によるものであれば、基本的にはこれを尊重すべきものである。
   したがって、相続人である破産者が遺産分割によって法定相続分ないし具体的相続分を下回る遺産しか取得しなかったとしても、それは、民法906条に則り、上記の一切の事情を考慮した結果であることもあり得るから、その詐害性を直ちに認めることはできないというべきである。
イ   そうすると、贈与や債務免除のような、経済的な対価を伴わない限り、破産者の財産を減少させる行為と評価するほかない行為は、破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であって、類型的に「無償行為」として破産法160条3項が軽減された要件で否認を認める上記の根拠が妥当するのに対し、遺産分割協議については、経済的な対価がないということから、無償行為否認について軽減された要件で否認を認めることについての上記の破産法上の根拠がそのまま妥当するとはいえない。
   また、遺産分割協議は、相続人である破産者の財産を形成していたものが無償で贈与された場合と異なり、元々破産者の財産でなかったものが、遺産分割の結果によって相続時にさかのぼってその効力を生じ、破産者の財産とならなかったことに帰着するものであるから(民法909条)、この点からみても、破産法160条3項所定の無償行為として、類型的に対価関係なしに財産を減少させる行為と解するのは相当ではないというべきである。
(3) 実質的にみても、債務者たる相続人が将来遺産を相続するか否かは、相続開始時の遺産の有無や相続の放棄によって左右される極めて不確実な事柄であり、相続人の債権者は、直ちにこれを共同担保として期待すべきではないというべきものである(最高裁判所平成13年11月22日第一小法廷判決・民集55巻6号1033頁)。
   つまり、破産者がその被相続人の死亡という偶然の事情によって遺産を共有することになったとしても、相続開始前に破産者に対する債権を取得していた破産債権者にとっては、いわばそれは偶然による特別の幸運である。
   そして、控訴人が例として挙げる破産者が思わぬ贈与を受けた場合や宝くじに当選した場合とは異なり、上記説示のとおり、相続においては共同相続人が、民法907条1項に基づいて全員の合意で遺産を法定相続分ないし具体的相続分と異なる割合で分割することが妨げられないものである。
   加えて、破産債権者は、元来、破産者の財産を引き当てにしていたので、破産者の被相続人の財産に対する破産債権者の期待を特に強く保護する必要はないから、遺産分割協議が破産債権者を害する程度(有害性)が大きいとは当然にはいえないというべきである。
(4) 以上のとおり、共同相続人が行う遺産分割協議において、相続人中のある者がその法定相続分又は具体的相続分を超える遺産を取得する合意をする行為を当然に贈与と同様の無償行為と評価することはできず、遺産分割協議は、原則として破産法160条3項の無償行為には当たらないと解するのが相当である。
   したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
4 もっとも、遺産分割協議が、その基準について定める民法906条が掲げる事情とは無関係に行われ、遺産分割の形式はあっても、当該遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるときには、破産法160条3項の無償行為否認の対象に当たり得る場合もないとはいえないと解される。

第12 その他

1  否認権行使の結果,原物を破産財団に返還することを求めることができず,その価額の償還を求めうるにすぎない場合においては,その価額は,否認権行使時の時価をもって算定すべきであり,口頭弁論終結時の時価によるべきではありません(最高裁昭和42年6月22日判決)。

2 破産債権者は,破産手続開始決定後は詐害行為取消訴訟を提起することはできないものの,破産管財人の提起した否認権の訴訟については,訴訟の結果について利害関係を有する第三者として補助参加できると解されています(大阪高裁昭和58年11月2日決定)。

3 否認権の行使を受けた相手方は,否認された行為のあったのちに破産者に対する債権がすべて消滅し,総破産債権が現存しないことを主張して否認権行使の効果を否定することはできません(最高裁昭和58年11月25日判決)。 

4 債務者の支払停止等を停止条件とする債権譲渡契約に係る債権譲渡は,債務者に支払停止等の危機時期が到来した後の債権譲渡と同視すべきものですから,破産管財人による否認権行使の対象となります(最高裁平成16年9月14日判決。なお,先例として,最高裁平成16年7月16日判決参照)。

5 対価性を有する行為のうちの相当額を超える部分だけを取り上げて破産法160条3項によって否認することはできないと解されています(東京地裁平成22年10月14日判決)。
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