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婚姻費用又は養育費の不払いがあった場合の強制執行

目次

第1 婚姻費用及び養育費の不払いに関する強制執行の方法
第2 債務者の側の不服申立て方法(執行抗告及び請求異議訴訟)
第3 執行抗告及び請求異議訴訟の使い分けに関する最高裁平成18年9月11日決定決定
第4 執行抗告提起期間を過ぎているケースにおける,費用対効果を踏まえた手続選択
第5 債務者の利用が考えられるその他の手段

*1 「判決に基づく強制執行」も参照してください。
*2 大阪弁護士会総合法律相談センターでは,「民事当番弁護士」(令和3年2月現在の専用ダイヤルは06-6364-5021です。)として,大阪府下の地方裁判所・簡易裁判所に係属中の案件を対象として,弁護士にまだ依頼をしていない民事事件の当事者に対し,1回限りで無料相談をやっています(同センターHPの「法律相談センターについて」参照)。
*3 池田総合法律事務所HP「養育費不払いによる給料差押えにはご注意を!」が載っています。
*4 請求異議の訴え又は執行抗告だけのご依頼は費用対効果が合いませんから,お断りしています。

第1 婚姻費用及び養育費の不払いに関する強制執行の方法

1 強制執行の種類
(1)ア 家事調停,家事審判又は訴訟の判決若しくは和解において負担を定められた婚姻費用又は養育費の不払いがあった場合,以下の強制執行をすることが可能です。
① 扶養義務等に係る定期金債権による債権差押え(民事執行法151条の2)
② 扶養義務等に係る金銭債権についての間接強制(民事執行法167条の15及び167条の16並びに172条1項)
イ ①扶養義務等に係る定期金債権による債権差押えは,平成15年8月1日法律第134号(平成16年4月1日施行)により創設された制度であり,②扶養義務等に係る金銭債権についての間接強制は,平成16年12月3日法律第152号(平成17年4月1日施行)により創設された制度です。
(2) 夫婦間において婚姻費用に関する協議が裁判外で成立しているに過ぎない場合,権利者は,義務者に対し,その協議に基づいて,通常裁判所の判決手続により,婚姻費用の支払を求めることができる(東京高裁平成16年9月7日判決(判例秘書に掲載))ものの,判決手続なしに直接,強制執行することはできません。

2 扶養義務等に係る定期金債権による債権差押え(民事執行法151条の2)
(1) 「定期金債権についての特例に基づく強制執行」ともいいますところ,婚姻費用等の不履行部分だけでなく,将来の婚姻費用等についても強制執行することができます。
   この場合,婚姻費用等の支払義務者の給料等の手取額の2分の1まで差し押さえることができます(民事執行法152条3項)。
(2) 差押えの対象となる給料は,婚姻費用等の支払日より後に給料日が来るものに限られます。
(3) 婚姻費用等の支払義務者が,給料等の手取額から勤務先の借入金の天引きを受けていたとしても,給料等の手取額の2分の1まで差し押さえることができます。
 なお,民間労働者の場合,このような天引きは労働基準法24条1項に違反しますから,公務員の場合にだけ問題となります。
(4)ア 東京地裁民事第21部(民事執行センター・インフォメーション21)「[B] 債務名義に基づく差押え(扶養義務に基づく定期金債権関係)」には,以下の申立書の書式がPDFファイル及びWordファイルで載っています。
① 債権差押命令申立書(養育費確定債権による給料差押えの書式例)
② 債権差押命令申立書(養育費確定債権及び一般債権(慰謝料等)による給与差押えの書式例)
③ 債権差押命令申立書(養育費確定債権及び養育費定期金債権による給料差押えの書式例)
④ 債権差押命令申立書(養育費確定債権,養育費定期金債権及び一般債権(慰謝料等)による給料差押えの書式例)
⑤ 債権差押命令申立書(養育費確定債権,養育費定期金債権及び一般債権(慰謝料等)による賃料差押えの書式例)
イ 婚姻費用確定債権及び婚姻費用定期金債権については,養育費確定債権及び養育費定期金債権と同じにように記載すればいいです。
 
3 扶養義務等に係る金銭債権についての間接強制(民事執行法167条の15及び167条の16並びに172条1項)
(1)   間接強制は,債務の履行をしない債務者に対し,一定の額の金銭(=間接強制金)を支払うよう命ずることにより,債務の履行を確保しようとするものであって,債務名義(例えば,婚姻費用分担調停調書)に表示された債務の履行を確保するための手段です(最高裁平成21年4月24日判決)。
(2) 婚姻費用等の不履行部分だけでなく,将来の婚姻費用等についても強制執行することができます。
(3) 東京地裁HPの「11. 代替執行係担当事件の手数料・添付書類・申立書提出先等について」に,間接強制の申立てに関する書式が載っています。

4 婚姻費用及び養育費の意義
(1)ア 婚姻費用には,衣食住の費用のほか,出産費,医療費,未成熟子の養育費,教育費,相当の交際費などのおよそ夫婦が生活していくために必要な費用が含まれると考えられています(裁判所HPの「婚姻費用の分担請求調停」参照)。
イ 大雑把にいえば,婚姻費用から配偶者の生活費を引いたものが養育費となります。
ウ 裁判所HPに「平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について」が載っています。
(2) 民法760条に基づく婚姻費用分担請求権は,夫婦の協議のほか,家事事件手続法別表第2の2の項所定の婚姻費用の分担に関する処分についての家庭裁判所の審判により,その具体的な分担額が形成決定されるものです(最高裁令和2年1月23日決定)。 
(3) 婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても,これにより婚姻費用分担請求権は消滅しません(最高裁令和2年1月23日決定)。

5 調停調書に基づく婚姻費用及び養育費の時効
(1) 令和2年3月31日までに調停が成立した場合
 調停が成立した時点を基準として,履行期が到来していた婚姻費用及び養育費の時効は10年であり(民法174条の2第1項),履行期が到来していなかった婚姻費用及び養育費の時効は5年です(民法174条の2第2項及び169条,平成29年6月2日法律第44号附則10条4項)。
(2) 令和2年4月1日以降に調停が成立した場合
 履行期が到来していなかった分も含めて10年です(民法168条1項1号)。

第2 債務者の側の不服申立て方法(執行抗告及び請求異議訴訟)

1 それぞれのケースごとの不服申立方法
(1) 婚姻費用又は養育費に不履行がないケース
ア 婚姻費用又は養育費に不履行がないにもかかわらず,扶養義務等に係る定期金債権による債権差押えがあった場合,定期金債権についての特例に基づく強制執行の要件を欠くものとして,①期限到来前の請求債権の部分については,高等裁判所に対して執行抗告(民事執行法145条5項)を申し立てることとなり,②期限到来後の請求債権の部分については,婚姻費用分担調停調書等を作成した家庭裁判所(民事執行法35条3項・33条2項6号)等に対し,請求債権の不存在を理由として請求異議訴訟(民事執行法35条1項)を提起できます。
   そのため,この場合,①期限到来前の請求債権の部分についても執行処分の取消しを得られることとなります。
(2) 婚姻費用又は養育費に不履行があるケース
 婚姻費用又は養育費に不履行があるものの,不履行の金額を超えて,扶養義務等に係る定期金債権による債権差押えがあった場合,②期限到来後の請求債権の部分については,婚姻費用分担調停調書を作成した家庭裁判所(民事執行法35条3項・33条2項6号)等に対し,請求債権の不存在を理由として請求異議訴訟(民事執行法35条1項)を提起できます。
   しかし,定期金債権についての特例に基づく強制執行の要件を欠くわけではありませんから,①期限到来前の請求債権の部分について,高等裁判所に対して執行抗告(民事執行法145条5項)を申し立てることはできません。
   そのため,この場合,期限到来前の請求債権の部分について執行処分の取消しを得られる方法が存在しませんから,婚姻費用又は養育費に不履行が生じることは絶対にないようにして下さい。

2 執行抗告に伴う執行停止(期限到来の請求債権の部分)
(1) 執行停止決定
ア 執行抗告の申立てをしただけの場合,執行抗告についての裁判があるまで,強制執行が停止し,又は取り消されることはありません。
   そのため,執行を停止してもらうためには,抗告裁判所としての高等裁判所又は原裁判所としての地方裁判所に対し,担保の提供(民事執行法15条)をした上で,執行停止決定を発令してもらう必要があります(民事執行法10条6項)。
イ 執行処分の取消決定は,根拠条文が存在しないことから,発令されることはありません。
(2) 執行抗告についての裁判によって強制執行が取り消されること
 執行抗告についての裁判において,期限到来前の請求債権の部分について,強制執行が取り消されることとなります。

3 請求異議訴訟に伴う執行停止及び執行取消し(期限到来の請求債権の部分)
(1) 執行停止決定及び執行処分の取消決定 
ア 請求異議訴訟を提起しただけの場合,受訴裁判所の終局判決があるまで,強制執行が停止し,又は取り消されることはありません。
    そのため,執行を停止し,又は執行処分の取消しをしてもらうためには,受訴裁判所に対し,担保の提供(民事執行法15条)をした上で,執行停止決定又は執行処分の取消決定を発令してもらう必要があります(民事執行法36条1項)。ただし,執行処分の取消決定は事実上,請求債権の不存在の証明を求められることから,滅多に発令してもらえません。
イ 請求異議訴訟の受訴裁判所が発令する民事執行法36条1項に基づく執行停止決定を待っている時間がない場合,執行裁判所(例えば,大阪地裁第14民事部)に対し,民事執行法36条3項に基づく執行停止決定を出してもらうことで時間稼ぎをすることができます。
 なお,同条項は担保の提供を条件としていませんから,執行停止決定を出してもらうに際し,担保の提供は不要です。
(2) 勝訴の終局判決が強制執行の執行取消文書となること
ア 受訴裁判所における勝訴の終局判決は,期限到来後の請求債権の部分について,執行取消文書となります(民事執行法39条1項1号「強制執行を許さない旨を記載した執行力のある裁判の正本」参照)。
イ 終局判決に仮執行宣言(民事訴訟法259条)が付されている場合,当該判決が執行取消文書となります。
 これに対して終局判決に仮執行宣言が付されていない場合,判決が確定した時点で当該判決及び判決確定証明書が執行取消文書となります。
(3) 強制執行が現実に停止し,又は取り消される時期
ア 執行停止決定は執行停止文書です(民事執行法39条1項7号)から,その正本を執行裁判所に提出した時点で初めて,強制執行が現実に停止することとなります。
イ 勝訴の終局判決又は執行処分の取消決定は執行取消文書です(民事執行法39条1項1号又は6号)から,その正本を執行裁判所に提出した時点で初めて,強制執行が現実に取り消されることとなります。
(4) 一部請求としての,請求異議訴訟の請求の趣旨及び訴額
ア 以下のような感じで書けばいいです。
1 被告から原告に対する大阪家庭裁判所平成22年(家イ)第◯◯◯◯号婚姻費用分担調停申立事件の執行力ある調停調書の正本第1項に基づく強制執行は,令和2年10月末日までに履行期が到来した分までの全額及び令和2年11月末日までに履行期が到来した分のうち5万円までは,これを許さない。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
イ 債務名義の執行力の永久的な排除を求める請求異議の訴えにおける訴額は,債務名義に表示された請求権の価額となります(「三訂版 事例からみる訴額算定の手引」400頁)。
 そのため,例えば,平成22年11月以降に毎月10万円の婚姻費用が発生する調停調書について請求異議の訴えを提起する場合,前述した請求の趣旨を前提とすれば,訴額は1205万円となります。

4 担保の提供及び担保取消し
(1) 担保の提供
ア 執行抗告に伴う執行停止,及び請求異議訴訟に伴う執行停止の場合,実務上,必ず担保の提供が必要となります。
 具体的には,裁判所が定めた期間内に,①法務局への現金供託又は②金融機関等との間での支払保証委託契約の締結(②につき裁判所の許可が必要です。)という方法で,担保の提供を行います。
イ 登記・供託オンライン申請システム供託ねっとを使えば,オンラインで供託することができます。
ウ 和解調書に基づく債権差押えの場合,担保額の目安は請求金額の30%から60%です(「民事弁護教材 改訂民事保全(補正版)」46頁及び47頁)。
 そのため,婚姻費用分担調停調書等に基づく債権差押えについても,それぐらいの担保が必要になると思います。
(2) 担保取消し
 提供した担保の返還時期につき,例えば,勝訴判決が確定した場合は約1ヶ月後です(東京地裁HPの「担保取消しの手続」参照)。

5 婚姻費用等に不履行がないケースにおいて,費用対効果を踏まえた手続選択 
(1) 執行抗告
ア 期間制限
 執行抗告をしたい場合,債権差押命令の送達を受けた日から1週間以内に,高裁宛ての抗告状(1000円分の収入印紙を貼り付けておく必要があります。)を,債権差押命令を出した地裁に提出する必要があります(民事執行法10条2項)。
 例えば,大阪地裁第14民事部が出した債権差押命令に対する執行抗告は,大阪高裁宛の抗告状を大阪地裁第14民事部に提出する必要がありますし,抗告状に理由の記載をしない場合,抗告状を提出した日から1週間以内に執行抗告の理由書を大阪地裁第14民事部に提出する必要があります(民事執行法10条3項)。
イ 執行停止の申立てをする実益 
(ア) 期限到来前の請求債権の部分について執行抗告に伴う執行停止の申立てをしていない場合,毎月の給料日が到来するたびに差押債権者に取立権が発生することとなります。
 ただし,逆にいえば,勤務先が,差押債権者に対し,毎月の給料日に婚姻費用等を支払うこととなります。
 そのため,①差押債権者が主張するところの期限到来後の請求債権の部分が概ね2月分を超えている場合(この場合,差押えの翌月以降も給料からの天引き額が大きくなります。),及び②婚姻費用等の前払いをしている場合(この場合,差押えの翌月以降も本来は支払う必要がない婚姻費用等が天引きされることになります。)でない限り,執行抗告に伴う執行停止の申立てをする実益が大きくありません。
(イ) 私の経験では,執行抗告に対する抗告審の決定は,執行抗告をした日から2ヶ月後から3ヶ月後ぐらいに出ます。
(2) 請求異議訴訟
ア 期間制限
・ 請求異議訴訟につき,法律上の期間制限はありません。 
・ 例えば,首都東京法律事務所HPの【違法執行・不当執行に対する救済】強制執行の手続において、不服を申立てるには、どのような手段がありますか?には「執行文の付与の有無や強制執行開始の前後であるかを問わず、債務名義に表示された請求権の強制執行がすべて終了する前まで(債権回収が全額完了されるまで)訴えを提起することができます。」と書いてあります。
イ 執行停止の申立てが不可欠であること 
 婚姻費用等が請求債権である場合,差押債権が給料であったとしても,債務者に対する債権差押命令の送達日から1週間を経過した時点で,差押債権者の取立権が発生します(民事執行法155条2項カッコ書き及び同条1項)。
 そして,差押債権者が第三債務者に対して取立権を行使した場合(例えば,給料差押えにおいて,勤務先が,差押債権者に対し,差押えに係る給料を支払った場合),その部分については執行力の排除を求める利益がなくなりますから,不適法却下となります(東京地裁平成20年12月22日判決(判例秘書に掲載))。
 そのため,期限到来後の請求債権の部分について執行停止の申立てをしておく必要がありますし,担保提供のためのお金(供託金)を用意しておく必要もあります。
(3) 費用対効果を踏まえた手続選択
 執行抗告において婚姻費用等に不履行がないことを主張し,抗告審でそのことを認めてもらえた場合,婚姻費用等の不払いがないことがはっきりするとともに,期限到来前の請求債権の部分については債権差押えが取り消されます。

 この場合,不当利得返還請求訴訟を提起するまでもなく,取り立てた婚姻費用等のうち二重払になっている部分を任意に返還してもらうか,少なくとも婚姻費用等の前払いとして取り扱ってもらえる可能性があります。
 そのため,1週間の執行抗告提起期間が過ぎていない場合,追加の弁護士費用(供託金を含む。)を支出して執行抗告に伴う執行停止の申立て及び請求異議訴訟まではしなくてもいいのであって,執行抗告だけをすればいいと思います。
 これに対して1週間の執行抗告提起期間を過ぎている場合,後述するとおり,取立て前であれば債務不存在確認請求訴訟を提起し,取立て後であれば当該訴訟に不当利得返還請求を追加すればいいと思います。

6 その他
(1)ア 給料に対する債権差押命令は,第三債務者(勤務先)に対する送達を執行裁判所が確認できた後に債務者に発送されます。
 そのため,債権差押命令が届いたことを勤務先から告知された場合,自宅に送達される債権差押命令の受領を拒絶すれば,債権者の取立権の発生及び執行抗告の期間制限の進行を停止させることができます。
イ 第三債務者への債権差押命令の送達から約1週間後に,債務者に債権差押命令が送達されます(大浦法律事務所ブログ「債権差押命令申立ての一般的な流れ」参照)。
(2)ア 地裁の債権差押命令に対する大阪高裁宛の執行抗告は常に,大阪高裁第11民事部に係属します(大阪高裁の裁判官配置等2条3項)。
イ この場合の執行抗告には相手方がいますから,相手方送付用の抗告状副本及び添付資料の写しも提出する必要があります。
(3) 執行抗告の抗告状が原裁判所以外の裁判所に提出された場合,これを受理した裁判所は,民訴法20条を類推適用して事件を原裁判所に移送すべきではなく,執行抗告を不適法として却下すべきとされています(最高裁昭和57年7月19日決定参照)。
(4) 東京地裁HPに「13.強制執行停止事件の流れ(申立てから発令まで)」が載っています。
(5) 横浜家裁平成24年5月28日審判(判例秘書に掲載)の場合,夫が出産費用として妻に交付した金員から,出産育児一時金では不足する出産費用のうち夫の負担すべき金員を控除した金額は婚姻費用の前払いとみなされました(抗告審として,東京高裁平成24年8月8日がありますものの,婚姻費用の前払いに関する判示はありません。)。

第3 執行抗告及び請求異議訴訟の使い分けに関する最高裁平成18年9月11日決定

1(1) 最高裁平成18年9月11日決定は,以下の判示をしています(ナンバリング及び改行を追加しています。また,請求異議の「訴え」と請求異議「訴訟」は同じ意味です。)。 
① 抗告人らの主張する不執行の合意等(山中注:請求債権について強制執行を行う権利の放棄又は不執行の合意)は,債権の効力のうち請求権の内容を強制執行手続で実現できる効力(いわゆる強制執行力)を排除又は制限する法律行為と解されるので,これが存在すれば,その債権を請求債権とする強制執行は実体法上不当なものとなるというべきである。
 しかし,不執行の合意等は,実体法上,債権者に強制執行の申立てをしないという不作為義務を負わせるにとどまり,執行機関を直接拘束するものではないから,不執行の合意等のされた債権を請求債権として実施された強制執行が民事執行法規に照らして直ちに違法になるということはできない。
 そして,民事執行法には,実体上の事由に基づいて強制執行を阻止する手続として,請求異議の訴えの制度が設けられており,不執行の合意等は,上記のとおり,債権の効力の一部である強制執行力を排除又は制限するものであって,請求債権の効力を停止又は限定するような請求異議の事由と実質を同じくするものということができるから,その存否は,執行抗告の手続ではなく,請求異議の訴えの訴訟手続によって判断されるべきものというべきである。
② 抗告人らは,執行抗告によって不執行の合意等の存在を主張することができるというが,執行抗告は,強制執行手続においては,その執行手続が違法であることを理由とする民事執行の手続内における不服申立ての制度であるから,実体上の事由は執行抗告の理由とはならないというべきである。
 なお,不執行の合意等の存否が執行異議の手続で判断されるべきでないことは,上記検討によって明らかである。
③ 以上によれば,強制執行を受けた債務者が,その請求債権につき強制執行を行う権利の放棄又は不執行の合意があったことを主張して裁判所に強制執行の排除を求める場合には,執行抗告又は執行異議の方法によることはできず,請求異議の訴えによるべきものと解するのが相当である。これと見解を異にする大審院の判例(大審院大正14年(オ)第970号同15年2月24日判決・民集5巻235頁,大審院大正15年(オ)第1122号昭和2年3月16日判決・民集6巻187頁,大審院昭和10年(オ)第952号同年7月9日判決・法律新聞3869号12頁)は,変更すべきである。
(2) 最高裁平成18年9月11日決定の元になった事案の経過は以下のとおりです。
平成17年12月20日,東京地裁が債権差押及び転付命令を出しました。
平成18年 1月 5日,東京地裁が執行抗告に対する却下決定を出しました(民事執行法10条5項)。
平成18年 2月14日,東京高裁が執行抗告に対する却下決定を出しました(民事執行法10条8項)。
平成18年 9月11日,最高裁が許可抗告に対する抗告棄却決定を出しました(民事執行法20条・民事訴訟法337条)。

2 婚姻費用に不履行がないにもかかわらず,扶養義務等に係る定期金債権による債権差押えがあった場合についていえば,
 期限到来「前の」請求債権の部分は,民事執行法151条の2第1項の要件を満たしていないために執行手続が違法であることを理由としますから,執行抗告で主張すべきこととなり,
 期限到来「後の」請求債権の部分は,弁済によって婚姻費用が消滅したという実体上の事由を理由としますから,請求異議訴訟で主張すべきこととなります。

3(1) 請求異議の事由が数個あるときは,債務者は,同時にこれを主張しなければなりません(民事執行法35条3項・34条2項)。
(2) 請求債権の存否は請求異議の訴えによって判断されるべきものであって、執行裁判所が強制執行の手続においてその存否を考慮することは予定されていません(最高裁令和4年10月6日決定)。

第4 執行抗告提起期間を過ぎているケースにおける,費用対効果を踏まえた手続選択

1 費用対効果を踏まえた手続選択
 婚姻費用等に不履行がないにもかかわらず,差押債権者が債権差押えに基づいて婚姻費用等を第三債務者から取り立てたケースでは,それが実質的に二重払になるような場合,取り立てたお金については法律上の原因がないわけですから,不当利得返還請求訴訟等を提起できます。
 そして,1週間の執行抗告提起期間を過ぎているケースでは,①差押債権者が第三債務者に対して取立権を行使した場合,その部分については請求異議訴訟を提起する意味がなくなること,及び②取立権の行使を防ぐために強制執行停止決定の発令を求める場合,弁護士報酬が高くなり,かつ,担保提供のためのお金(供託金)が必要になることからすれば,
 取立て前であれば損害賠償請求訴訟及び債務不存在確認請求訴訟を提起し,取立て後であれば当該訴訟に不当利得返還請求を追加した方がいいと思います。

2 訴訟上の和解による解決を狙えること
(1) 損害賠償請求訴訟等で勝訴したとしても,期限到来前の請求債権の部分に関する債権差押えが取り消されるわけではなりません。
 しかし,当該差押えが違法であったことが確認されるとともに,当該差押えが取り下げられない限り,違法な差押えをした債権者の損害賠償義務が日々,増え続けるわけですから,訴訟上の和解による解決を狙えると思います。
(2) 仮処分命令に関する判例ではありますが,最高裁昭和43年12月24日判決(判例秘書に掲載)は以下のとおり判示しています。
 仮処分命令が、その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取り消された場合において、右命令を得てこれを執行した仮処分申請人が右の点について故意または過失のあつたときは、右申請人は民法七〇九条により、被申請人がその執行によつて受けた損害を賠償すべき義務があるものというべく、一般に、仮処分命令が異議もしくは上訴手続において取り消され、あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、他に特段の事情のないかぎり、右申請人において過失があつたものと推認するのが相当である。
(3) 仮差押命令に関する裁判例ではありますが,東京地裁平成27年2月3日判決(判例秘書に掲載)は以下のとおり判示しています。
 原告が本件各仮差押命令を申し立てて執行したことは,被告に対する不法行為を構成し,原告はこれによる被告の損害を賠償すべき義務を負うところ,本件各仮差押命令を排除するために保全異議申立てを行い,これを遂行するために要した弁護士費用は,違法な保全処分である本件各仮差押命令によって通常生ずべき損害であると認められる。

3 婚姻費用の弁済があったことを立証できれば,不当利得返還請求等が認められること
 東京地裁平成18年3月10日判決(判例秘書に掲載)は,「債権は,債務者の給付行為を介して給付結果を獲得することで,その存立目的を達成するが故に消滅するものであるから,結局,債務の弁済がされたか否かは,債権者において,給付結果の獲得という結果を得たといえるか否かを当事者の意思,法律の規定あるいは信義則に照らして判断することになるというべきである。」と判示しています。
 また,同判決は下記の事例に関する請求棄却判決でありますところ,婚姻費用の弁済があったことを立証できれば,不当利得返還請求等が認められていたことが分かります。



 家事審判に基づき,被告(日本人)に対し婚姻費用を支払っていた原告(ドイツ人)が,審判で命じられた離婚までの期間の婚姻費用を既に完済していたのに,被告が支払未了であると偽り,原告の銀行預金に対する強制執行により,取立てを行ったことが不法行為に当たるとして,被告に対し,慰謝料の支払を求めるとともに,婚姻費用支払債務の不存在確認及び不当利得の返還請求をした事案について,原告の口座振込をもって,被告に対する婚姻費用の弁済があったということはできないとして,請求を棄却した事例

第5 債務者の利用が考えられるその他の手段

1 差押禁止債権の範囲変更の申立て
(1)ア 婚姻費用又は養育に基づく強制執行により,給料の手取り額の2分の1も差押えを受けて苦しい場合,執行裁判所(例えば,大阪地裁第14民事部)に対し,差押禁止債権の範囲変更の申立てをすることができます(民事執行法153条1項)。
イ この場合において,借入金の天引きがあるという事情は考慮されません(地方公務員の事例につき東京高裁平成22年3月3日決定(判例秘書に掲載)参照)。
(2)ア 差押禁止債権の範囲変更の申立てが認容されない限り,差押えの対象となった預貯金を引き出すことはできませんし,差押えの対象となった給料等の全額を受け取ることもできません。
イ 差押えの対象となった預貯金及び給料等について債権者が取立権を行使した場合,差押禁止債権の範囲変更の申立ての利益がなくなりますから,支払の一時禁止の申立てもする必要があります。
(3) 差押禁止債権の範囲変更の申立てを却下する決定に対しては,執行抗告をすることができます(民事執行法153条4項)。
(4) 差押禁止債権の範囲変更の申立ては支払額自体を減らす手続ではなく,支払を後回しにするだけの手続ですから,遅延損害金の分だけ支払総額が増えます。
(5)ア 裁判所書記官は,債権差押命令を送達する際,差押禁止債権の範囲変更の申立てができることを教示しなければなりません(民事執行法145条4項)。
イ 大阪地裁HPに「差押禁止債権の範囲変更申立てQ&A」が載っています。
(4) 金融法務事情2161号(2021年5月10日号)21頁に,平成29年から令和2年までの差押禁止債権の範囲変更の申立ての認容率等が載っています。

2 婚姻費用又は養育費の減額調停
(1) 調停や審判の基礎となった事実関係や事情に変更があり,実情に合わないと思われるときは,従前に取り決められた養育費の額の変更を求めることができますし(裁判所HPの「養育費請求調停」参照),婚姻費用についても同様です。
(2)ア 婚姻費用に関する協議が成立した後,事情に変更を生じたときは,民法880条の類推により,家庭裁判所は,各自の資力その他一切の事情を考慮し,事情に変更を生じた過去の時点にさかのぼって従前の協議を変更して新たな婚姻費用の分担額を審判により決定することができ,通常裁判所に従前の協議に基づく婚姻費用の支払を求める訴訟が現に係属中であるからといって,そのことが障害事由になるものではないと解されています。
 そして,通常裁判所の判決が確定した後,家庭裁判所による新たな婚姻費用の分担額を定める審判が確定した場合,義務者は,判決手続により命じられた従前の協議による分担額と審判による減額後の分担額との差額について強制執行の不許を求めるため請求異議の訴えを提起できると解されています(東京高裁平成16年9月7日決定(判例秘書に掲載))。
イ 養育費に関しても同様であると思います(東京地裁平成20年12月22日判決(判例秘書に掲載)参照)。
(3)ア 千葉家裁HPに<婚姻費用分担請求調停を申し立てる方へ>が載っています。
イ 弁護士法人みずほ中央法律事務所HP「【養育費や婚姻費用の増減額の手続の種類(家事審判・請求異議・執行停止)】」が載っています。

3 自己破産
(1) 破産手続開始決定が強制執行手続に与える影響は以下のとおりです。
① 同時廃止事件の場合
ア 破産手続開始決定「正本」及びこれを停止文書とする旨の上申書を執行裁判所に提出することで,破産者の財産との関係で執行手続は中止されます(破産法249条1項,民事執行法39条1項7号)。
   そして,給与差押えの手続が中止されたとしても,給与の2分の1(婚姻費用等の場合)を超える額の支払は留保されたままになります(民事執行法152条1項2号参照)。
イ 免責許可決定が確定した時点で,免責許可決定「正本」及び確定証明書並びにこれを取消文書とする旨の上申書を執行裁判所に提出することで,破産者の財産との関係で執行処分は取り消されます(破産法249条2項,民事執行法39条1項6号・40条1項参照)。
   そして,取消文書に基づいて執行処分が取り消された場合,執行抗告ができません(民事執行法40条2項・12条)から,この時点で,勤務先にプールされていた給与を含め,給与の全額を受け取ることができるようになります。
② 管財事件の場合
ア   破産管財人による続行申請(破産法42条2項ただし書参照)がなされない限り,破産手続開始決定が発令された時点で(破産法30条2項参照),破産手続開始決定「正本」及びこれを取消文書とする旨の上申書を執行裁判所に提出することで,破産財団との関係で執行処分は取り消されます(破産法42条2項本文,民事執行法39条1項6号・40条1項参照)。
   そして,取消文書に基づいて執行処分が取り消された場合,執行抗告ができません(民事執行法40条2項・12条)から,この時点で,将来の給与の全額を受け取ることができるようになります。
イ 勤務先にプールされていた給与について自由財産の拡張が認められた場合,プールされていた給与についても受け取ることができるようになります。
(2) 破産申立ての前に給料差押えが実施されたような場合において,債権者が給料の支払を受けて婚姻費用等を回収したときは否認対象行為となりますところ,破産管財人に否認された場合,婚姻費用等の支払はなかったことになります。
 そのため,婚姻費用等の差押えがあった場合,できる限り速やかに破産申立てをすることが望ましいです。
(3)ア 同時廃止事件又は異時廃止事件の場合,勤務先の協力を得られるのであれば,差押えの対象となった給料(取立債務であることにつき東京高裁昭和38年1月24日決定(判例秘書)のほか,「給料債権はなぜ取立債務?」参照)につき,勤務先の住所地を管轄する法務局に権利供託(民事執行法156条1項)してもらえれば,債権者が回収するためには配当手続を経る必要が出てきます(民事執行法166条1項1号)から,時間稼ぎをすることができます。
 これに対して配当事件の場合,権利供託されたお金は自由財産の上限99万円を超える結果,破産手続開始決定が出た後に破産財団に組み入れられるだけですから,権利供託してもらうことによる時間稼ぎをするメリットはないです。
イ 法務局HPに「従業員の給与について裁判所から差押命令が送達された場合に雇用主がする供託は,どのようにしたらよいですか。」が載っています。
(4)ア 婚姻費用及び養育費は非免責債権です(破産法253条1項4号及び5号)から,自己破産をしたとしても免責されないのであって,支払義務はそのまま残ります。
 そのため,債権者としては,免責許可決定が確定した後は非免責債権について再び強制執行ができるようになります(破産法249条1項)から,再び強制執行された場合に備えて,差押禁止債権の範囲変更の申立ての準備をしておいた方がいいです。
イ 管財事件のうちの異時廃止事件の場合,債権調査手続が実施されませんから,婚姻費用等の未払金は確定しません。
 これに対して,退職金の8分の1その他の財産が200万円を超えるような場合(自由財産の上限99万円及び管財人報酬の合計額を超えるような場合),配当事件となって債権調査手続が実施されますから,婚姻費用等の未払金が確定することとなります。
(5) 「はい6民です お答えします(倒産実務Q&A)」(2018年10月第2版)54頁ないし56頁によれば,差押債権者に支払われた金額が40万円以上である場合又は配当等のための供託が20万円以上である場合,管財事件に移行する可能性が高くなるとのことです。
(6)ア 離婚における財産分与として金銭の支払を命ずる裁判が確定し,その後に分与者が破産した場合,当該財産分与請求権は破産債権となる(最高裁平成2年9月27日判決)ものの,裁判確定前に破産した場合,財産分与請求権が当然に破産債権となるわけではないと思います。
 また,離婚自体慰謝料の遅延損害金の起算日は離婚訴訟の判決確定日である(最高裁令和4年1月28日判決)ことからすれば,離婚訴訟の判決確定日前に破産手続開始決定を受けた場合,離婚自体慰謝料は免責許可決定の対象にならないと思います。
イ 破産実務Q&A220問139頁ないし144頁の「Q63 財産分与の審判中・離婚訴訟中の破産」によれば,義務者の破産の場合,権利者の財産分与請求権は,財産分与請求という法律行為に,判決による離婚の認容と財産分与の具体化という法定停止条件が付されており(民法128条),その条件の成就が未定の間の当事者の権利(民法129条)であるから,破産債権になるとのことです。
 また,離婚に伴う慰謝料請求権については,破産債権となるとのことですが,離婚原因慰謝料と離婚自体慰謝料を区別して検討した上での結論ではありません。

4 勤務先の変更で支払を回避することは難しいこと
(1) 勤務先を変えた場合,それまでの勤務先の給料に対する債権差押えは効力を失いますから,債権者としては,新たな勤務先の給料に対し,改めて債権差押えをする必要があります。
 ただし,令和2年4月1日以降,婚姻費用又は養育費に関する調停調書等を有する債権者は,債務者以外の第三者からの情報取得手続を通じて,市町村,日本年金機構,共済組合等から,給与債権(勤務先)に関する情報を取得できるようになりました(民事執行法206条)。
 そのため,調停調書等が存在する場合,債権者に対して新たな勤務先を知られる可能性が高いです。
(2) 令和2年4月1日以降,婚姻費用又は養育費に関する調停調書等を有する債権者は,債務者以外の第三者からの情報取得手続を通じて,金融機関を特定した上で,預貯金債権や上場株式,国債等に関する情報を取得できるようになりました(民事執行法207条)。
 そして,当該手続は,ゆうちょ銀行,メガバンク,居住地の有力地銀等を対象として実施される可能性が高いですから,これらの金融機関で預貯金口座を持っていることが危険になります。
(3) 法務省HPの「民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律について」に,債務者以外の第三者からの情報取得手続に基づき,預貯金・株式等,不動産,勤務先の情報を取得する方法が書いてあります。

1(1) 被害者側の交通事故(検察審査会を含む。)の初回の面談相談は無料であり,債務整理,相続,情報公開請求その他の面談相談は30分3000円(税込み)ですし,交通事故については,無料の電話相談もやっています(事件受任の可能性があるものに限ります。)
(2) 相談予約の電話番号は「お問い合わせ」に載せています。

2 予約がある場合の相談時間は平日の午後2時から午後8時までですが,事務局の残業にならないようにするために問い合わせの電話は午後7時30分までにしてほしいですし,私が自分で電話に出るのは午後6時頃までです。
3 弁護士山中理司(大阪弁護士会所属)については,略歴及び取扱事件弁護士費用事件ご依頼までの流れ,「〒530-0047 大阪市北区西天満4丁目7番3号 冠山ビル2・3階」にある林弘法律事務所の地図を参照してください。